
~実利的に課題へ取り組み、
オペレーショナル・エクセレンスを目指す~
NIPSEAグループ:逆風を乗り越え、成長の機会を模索
「中期経営計画(2021-2023年度)」の3年間を振り返ると、計画策定時には十分に予想できなかった3つの大きな課題が事業環境に影響を与えました。すなわち、長期にわたるコロナ影響とサプライチェーンへの影響、中国の不動産市場危機と市場心理への連鎖的な影響、複数の市場で生じた著しいインフレ影響と経済危機です。コロナ影響の深刻化は複数の市場で回復の遅れにつながったほか、業務面では部品や材料が不足したり、製品の配送が滞るといった物流上の制約が生じるなど、サプライチェーンの課題に直面し、原材料やエネルギーなどの投入コストの上昇は業績に影響を及ぼしました。しかしながら、顧客と当社グループへの影響を最小限に留めることができたのは、従業員が一丸で取り組んだ努力の賜物です。
中国不動産市場の苦境は、前例がないほど深刻化、長期化しました。中国政府によるゼロコロナ政策も長期間に及び、NIPSEA中国(Nippon Paint China)はゼロコロナ政策の制約に耐えながら事業を継続しただけでなく、戦略的な転換を図りました。TUB事業(Project顧客や主要建設会社とのBtoBビジネス)では、地域の不動産ディベロッパーや建設業者、請負業者にまで顧客基盤を拡大したほか、新築住宅分野のみならず、クリーンルームや工場、病院、学校などを対象とした製品を相次いで開発しました。TUB事業においてこうした対応可能な市場を広げていくに当たっては、TUC事業(消費者向け事業、DIY事業、代理店・販売店経由、EコマースなどBtoCビジネス)が地方の小規模な顧客に向けてアプローチしてきたこれまでの経験を活用しました。また、TUC事業では、3~6級都市に区分される約4,000もの小規模都市でシェアを拡大するべくリソースを増強するとともに、さまざまな製品を開発・販売し、多くの人材を再配置しました。これらの施策はまだ初期段階ではあるものの、過去2年間にわたって3~6級都市で実現してきた売上成長の高さは、NIPSEA中国が正しい方向に向かっていることの表れとして、自信を深めています。
このような大都市から地方都市への進出を支えるNIPSEA中国の販売・マーケティング戦略は、多くの現地塗料メーカー、パテメーカーに働き掛けることによってパートナーとして取り込み、自社で抱える工場ネットワークを補完するサプライチェーン・イニシアチブを柱としています。こうしたメーカーとのパートナーシップを通じて、NIPSEA中国は自社ブランドの製品販売をより速く、より大規模に、より遠隔の市場へ拡大することが可能となりました。強力な「NIPPON PAINT」ブランドと当社グループのグローバル企業としての優位性は、パートナーにとって非常に魅力的であるケースが大半です。2023年はNIPSEA中国からのパートナーシップの呼び掛けに対して60社から好意的な反応があり、2024年にはさらに多くの現地企業をパートナーに迎え入れるべく懸命に取り組んでいます。
今後数年間は新築住宅戸数の減少が予想されるため、「カラー戦略」を通じて住宅改修や塗り替え需要を喚起していきます。卓越したデザインや質感仕上げと環境配慮機能を組み合わせた革新的な新製品「Magic Paint」の大規模な広告・プロモーションキャンペーンを既に開始しているほか、数千色の色彩に顧客が簡単にアクセスできるよう、自動調色機(CCM)の設置をスピーディーに進めています。CCMは2023年末までに中国全土で約19,000台を設置しました。
過去3年間にわたって経験した前例のない著しいインフレ影響と経済危機は、当社グループにとって厳しい試練でした。連結ベースでは超インフレ会計の影響を受ける中、Betek Boyaは基本的な運営規律の徹底や新製品の発売、市場への継続的な投資に注力したことで、トルコ市場でのシェアを5ポイント向上させたほか、トルコとエジプトで将来を見据えた生産能力の増強に取り組みました。さらに、カザフスタンの大手塗料・ドライミックスモルタルメーカーであるAlinaを当社グループに加えたことで、Betek Boyaを中心としながら中央アジアを著しい成長地域として見据える態勢を整えました。
当社は2021年8月、インド事業が積極的な成長路線を歩めるよう、大株主であるウットラムグループにインド事業を売却する戦略的な選択を決断しました。急発展する市場で高い成長を図り、2州に限定しながらも、大規模な市場で先行するマーケット・リーダーとの差を縮めるためには、グループとして非常に不確実でリスクの高い、大胆かつ大規模な投資が必要であるとの認識のもとで売却を実行しました。その結果、市場シェアの向上で大きな成果を収め、持続可能な収益性を確保するなど、収益性を確保しながら堅調で明るい成長見通しを見出すことができたことから、2023年8月にインド事業を買い戻す決定に至りました。
インドネシア事業についても一貫して高い収益性を確保し続けていながら、最高クラスと評される新製品を通じた改革を自ら推進し、新分野に進出し始めています。こうして当社グループがまいた数々の種は、今後数年間でさらなる成長として花開く見通しです。
日本グループ:組織改革と機能統合による「収益プラットフォーム」の強化
2022年に実施した希望退職制度「ネクストキャリアプラン(NCP)」は、最も困難でありながら、丁寧に取り組んだ施策の1つでした。従業員が公平に扱われるよう早期退職金の特別支給や次のキャリアへの斡旋を図ったものの、長期にわたって勤務してきた従業員が会社を去っていくのは、組織にとって非常に辛い経験でもありました。
こうしたNCPの経験を乗り越えながら、日本で最初に開催した経営会議において、リーダーたちが呼び掛けたメッセージが「One NIPPE」です。各市場に特化した事業別(自動車用、汎用、工業用、船舶用、表面処理など)の組織に分ける「分社化」を2015年に実施して以降、各パートナー会社は改革を加速させてきましたが、「One NIPPE」のもとで新たな統合アプローチを推進することで、「分社化」のメリットは維持しながらも、あたかも1つの企業であるかのように運営するべく、必要となる構造的な課題に対処しています。こうした両立を図るためには大きなリスクが伴うものの、その過程において従業員を一致団結させるためには、実利的なアプローチが必要になります。
そのアプローチの1つとしては、日本グループの全従業員に部門の垣根を越えた連携を促すことでした。リーダーが率先して模範を示さなければならないという固い信念のもと、リーダー自らが複数の役職を兼務することによって、日本グループの一体感を積極的に体現しようとしており、パートナー会社と日本グループ全体の役割の双方を担うシニアマネジメントは、事業部門間やグループ間のトレードオフの調整に常に取り組んでいます。こうした新しい取り組みは時間の経過とともに進化しており、既に一部の幹部職と従業員が新たな仕事の考え方を受け入れ始め、狭く定義された役割と組織の境界を越えて、共通の価値創造に向けた視点から大胆に考え始めています。
こうした取り組みに加えて、これまで実施してきた船舶用事業の立て直しにより、財務の健全性と成長への段階的な取り組みが日本グループにおいても機能することが確信できました。第1フェーズでは、工業用事業の塩谷健氏のリーダーシップのもと、経営陣の刷新を図りました。工業用事業と船舶用事業の社長を塩谷氏が兼務することで、両事業の経営リソースと強みを活用することができたほか、海外関連会社の刷新に向けてグラディス・ゴー氏を副社長に任命するなど、日本事業の収益性改善に向けた取り組みを自ら主導しました。第1フェーズは、船舶用事業の全部門で黒字を確保したことから2023年をもって終了し、2024年からはグラディス氏が社長に就任し、さらなる成長と拡大の活性化に向けた第2フェーズに取り組んでいます。
塩谷氏は日本グループ全体の営業機能を束ねるCCO(最高営業責任者)へ新たに就任しており、船舶用事業の再編、特に販売と収益性を活性化させた実績を踏まえつつ、自動車用や建築用事業を中心とした日本グループ全体で再現してもらいたいと期待しています。
「収益プラットフォーム」の強化という目標に向けては、実利的にカスタマイズしたアプローチが有効となりました。例えば、自動車用事業では初期の段階において技術部門に焦点を置いていたものの、技術的な遅れを取り返し、技術に係るリーダーシップの団結により、市場勢力図のリセットを図るような将来に向けたプロジェクトに貴重なリソースを振り向ける必要がありました。こうした課題に対しては、自動車用事業の経験を持つNIPSEAグループのCTO(最高技術責任者)がグローバル自動車用事業のCTOを兼務することで、海外のリソースを活用できるようにしました。そして、主要な技術プロジェクトが順調に進んでいる場合にのみ、CCOが先頭に立って営業力の改革に着手しています。
唯一絶対の解決策はなく、実利主義(Pragmatism)が鍵となります。2023年後半には、各パートナー会社から集めたさまざまな製品を組み合わせて電動モビリティ市場と3C市場をそれぞれターゲットとするタスクフォース「Jupiter」「Gemini」を立ち上げ、日本グループ全体での協力関係をさらに強化しました。さまざまな組織のタスクフォースメンバー間のコミュニケーションと信頼関係を強化しながら、1つの統一チームとして主要顧客にアプローチしている姿に心強さを感じます。数多くのプロジェクトが進行中ですが、共通するのは、協力関係を促進し、事業の成長と収益の獲得を目指してサイロを打破することです。こうした経営陣の職務改革と従業員の意識変革により、既に初期的な成功をいくつか得ることができましたが、今後もこうした改革を継続していきます。
自動車用事業:顧客中心主義でグローバルな協力体制を育む
自動車用事業は、当社グループにおいて建築用に次いで2番目の事業規模を誇るものの、2021年には競争の激化や複数の市場での営業損失の計上、コスト構造の肥大化、技術的な課題などに直面しました。自動車用事業はこれまで、日本、NIPSEAグループ、欧州、米州といった地域ごとの組織に分かれながら、それぞれが独立した事業として運営されてきました。唯一のつながりは、取引先のほとんどが日本の顧客ということでした。こうしたバルカン化(balkanized:地域ごとに細分化された状態)された体制は、多くの顧客に魅力的な販売提案がしにくい上、共通の目的と方向性が欠如していたことから、技術や人材開発などの面で機能不全に陥るなど、当社グループにとって大きな課題でした。
そうした状況下で最初に取り組んだのが、日本グループとNIPSEAグループの技術リソースを迅速に結集し、限られた主要プロジェクトに集約し直すことでした。日本グループは主な強みである日系自動車メーカーとの連携を生かしながら、日系自動車メーカー向けの製品開発とサポートに対してグローバルで責任を担う一方、NIPSEAグループと欧州部門は中国と欧州系の自動車メーカーに対する責任を受け持つ体制としました。これは顧客視点に立った分業体制ですが、日本グループとNIPSEAグループの双方を兼務するCTOを設置することで、新たに開発した技術を開発国に留めることなく、さまざまな自動車メーカーに向けてグローバルに提供できるようになりました。順調にいけば、2024年には主要プログラムでかなりの顧客を獲得できる見通しであり、「取り組みの成功こそが進歩の唯一の試金石(Winning is the only acid test of progress)」であると考えています。
米州では、米国、メキシコ、ブラジルの各事業を統合し、米国部門とメキシコ部門を自動車用事業の一部として機能させるべく対応しました。現時点では、米州の全部門で収益性を改善することができており、米国部門は新規事業であるフィルム事業で重要な役割を果たしているほか、世界的な部品メーカーとの密接な関係を生かして自動車部品用事業にも注力しています。
当社グループは、適切なタイミングで自動車用事業の統合を図ったと考えています。中国の自動車メーカーが競争力のある電気自動車(EV)を中心に輸出へ目を向ける中、グローバルなフットプリントと中国の自動車メーカーへの深い知識を持つ日本ペイント・オートモーティブコーティングス(NPAC)は、こうした顧客や業界のパートナーとともにグローバルで成長できる有利な立場にあります。社内に向けては、中国部門が海外自動車用事業を支援してグローバルに収益を上げた場合には、しっかりとインセンティブが働くような制度を導入しています。
NPACの主要顧客は全て世界規模であるため、顧客重視のGKAM(Global Key Account Manager)とLKAM(Local Key Account Manager)を配置しながら、主要な自動車メーカーや自動車部品メーカーからの将来にわたる期待に応えられる体制を導入しています。こうした顧客中心の体制は近年導入・強化したものであり、学ぶべきものはたくさんあることから、早晩具体的な成果に結び付き、主要なパートナーとして当社グループが選ばれることを願っています。
このように、当社グループは市場の混乱や投入コストなどの課題に直面しながらも「中期経営計画(2021-2023年度)」の目標を達成することができたのは、従業員の粘り強さと創意工夫の賜物であり、数多くの変革に乗り出し、赤字の事業・部門を立て直すことに取り組んだ結果です。これまで取り組んできた前向きな経験と、まいた種が花開くのを心待ちにしながら、2024年4月に公表した「中期経営方針」の実現に向けて自信を持って前向きに取り組んでいきます。